グレース・ケリー【ハリウッド女優からモナコ公妃へ】

世界を変えた女性

こんにちは! 守護神鑑定&占い◆白樺の騎士団です。

前回に引き続き、今回も「私が尊敬している女性」をご紹介します!

今夜ご紹介するのは、ハリウッド女優として活躍した後、モナコ公妃になったグレース・ケリーさんです。

ぜひご覧ください(^^)

グレース・ケリーさんの基本情報

・1929年11月12日生まれ

アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィア出身

・父はボート競技の金メダリスト

・叔父は劇作家

・1951年 映画初出演

・1955年 映画「喝采」でアカデミー賞主演女優賞を受賞(当時25歳

・1956年 モナコ大公レーニエ3世と結婚(当時26歳

・1982年9月14日 交通事故で死去(享年52歳

地道な努力が実り大スターに

前の項目で触れた通り、グレースさんは25歳のときにアカデミー賞をとり、26歳のときにモナコ大公と結婚しました。

経歴が華やか過ぎて、ドラマみたいですよね。

多くの人々は、「彼女が成功したのは美貌や演技の才能のおかげ」と考えていました。

たしかに、生まれつきの容姿や才能が成功の鍵になったのは間違いないと思います。

しかし、見た目の良さと才能だけでは、これほどの栄光を掴むことはできません。

彼女が大きな幸せを得ることができたのは、地道な努力を積み重ねてきたからです。

セリフを完璧に覚え、最高の演技を追求し続けた結果、アカデミー賞を受賞し、レーニエ3世との恋を大切に育てた結果、彼の妻になったのだと思います。

ジョセフィン・ベーカーさんとの友情

1951年、あるパーティー会場で、グレースさんは、入場を拒否されて怒っている黒人女性を目にしました。

黒人差別をする会場のスタッフに憤りを覚えたグレースさんは、入場拒否された黒人女性の手をとり、そのまま会場を出ていったそうです。

その後、グレースさんはその黒人女性と親友になりました。

ちなみに、その黒人女性は、歌手のジョセフィン・ベーカーさんです。

2人の友情は、グレースさんが公妃になってからもずっと続きました。

花を愛した公妃

グレースさんは、を愛していました。

「モナコガーデンクラブ」を創設したり、生花を見るために日本を訪問したりと、花にまつわる活動を熱心に行っていたそうです。

花が好きな彼女のために、園芸家は新しい薔薇を生み出しました。(「グレース・ド・モナコ」「プリンセス・ド・モナコ」

「グレース・ド・モナコ」はピンクの薔薇、「プリンセス・ド・モナコ」は花びらの縁がピンクの白い薔薇です。

興味がある方は、ぜひリンクをご覧ください。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

守護神鑑定&占い◆白樺の騎士団でした!

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